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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)27号 決定

抗告人 紐比時香港有限公司

代表者代表取締役 王増祥

代理人弁護士 水田耕一

復代理人弁護士 長谷則彦

相手方 片倉工業株式会社

代表者代表取締役 有田正

代理人弁護士 河鮨誠貴

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、相手方について、別紙(一)検査の目的たる事項を検査させるため、検査役を選任するとの裁判を求める。」というにあり、抗告の理由は、別紙(二)抗告の理由記載のとおりである。

二  本件記録によると以下の事実が認められる。

(一)  相手方は、大正九年三月二三日生糸その他各種繊維の製造、加工、販売等を目的として設立された株式会社であり、本件申請当時の資本金一七億五〇〇〇万円、発行済株式総数三五〇〇万株(一株当り金五〇円)で東京証券取引所一部上場会社である。

抗告人は、相手方の株主であり、本件申請当時右発行済株式総数の一〇分の一に相当する株式三五〇万株を保有している。

(二)  相手方は、昭和四八年一月一日以降同年三月一九日までの間に、日本橋興業株式会社及び中外炉工業株式会社から、相手方発行の自己株式(以下「本件自己株式」という。)各二〇〇万株宛を各代金一一億八四〇〇万円(一株当り金五九七円)で買受けたが、本件自己株式の取得につき、相手方には商法二一〇条各号に定める事由は存しない。

(三)  相手方は、右取得した本件自己株式四〇〇万株全部を昭和四八年三月一九日、暁星エンタープライズ株式会社(以下「暁星エンタープライズ」という。同社は相手方の全額出資によって同年三月一四日設立された子会社であり、昭和四九年一二月二三日同じく相手方の全額出資に係る子会社中越ユニット株式会社に吸収合併され、中越株式会社と商号を改める。)に対し、右取得価格と同額で譲渡した。

(四)  暁星エンタープライズは、更に、右取得に係る本件自己株式四〇〇万株全部を昭和四八年三月二六日以降同年一二月二六日までの間に以下のとおり沖電気工業株式会社外数社に譲渡した。

①昭和四八年三月二六日 沖電気工業(株) 二万八〇〇〇株 一四八四万円

②同年四月五日 日産ディーゼル(株) 五万株 二五九四万円

③同月一三日 (株)四国銀行 一〇万株 四八五〇万円

④同年五月一六日 (株)常陽銀行 一五万株 五七〇〇万円

⑤同月一八日 日本紡績(株) 五万株 一九二五万円

⑥同年九月二八日 日本橋興業(株) 一六二万二〇〇〇株 六億四八八〇万円

⑦同年一二月二六日 三井物産(株) 二〇〇万株 八億四〇〇〇万円

右各譲渡は取得価格以下での売却であったため、暁星エンタープライズはこれにより計七億一九八六万一〇五二円の売却損を生じたが、しかし反面、同社は本件自己株式取得の際、同時に相手方からその所有に係る不動産(岐阜県関市所在の土地四万五一三一・五八平方メートル、同地上建物及び構築物)を帳簿価格(土地=三四七万六二六〇円、建物=八〇六万二六四五円、構築物=三〇八万九四三五円)で譲受け、昭和四八年一〇月一九日その一部を他に売却(土地一万三二〇〇・五平方メートルをユニー株式会社に代金三億九九三一万五〇〇〇円、土地一万六五三二・六平方メートルを関市に代金三億五〇〇七万七〇〇〇円)し、計七億三〇〇〇万円余の粗利益を得た。

三  以上の事実によると、相手方はもとよりその子会社である暁星エンタープライズにおいて、本件自己株式を取得、保有していた関係は、一応商法二一〇条に違反し、同法二九四条の法令に違反する重大な事実に該当するものということができる。

四  しかし、更に本件記録を検討すると、以下のような事実が窺知される。

(一)  相手方が本件自己株式を取得し、これを全額出資の子会社である暁星エンタープライズに譲渡し、同社をして沖電気工業株式会社外数社に譲渡するまでの間保有していたのは、当時辰己旭を中心とするいわゆる旭ダラーズによる相手方株式の買占めが激しかったところから、これに対するいわば自衛手段として、本件自己株式を安定株主に取得させるまでの間、これを取得、保有していたもので、その意味では或程度已むを得ない措置であったと言える一面を有する。

(二)  抗告人が相手方の発行済株式総数の一〇分の一に当る株式数を取得する前後及び本件検査役選任の申請をするに至るまでの経緯として、以下のような事実が存する。

(1)  抗告人の代表者王増祥を中心とするいわゆる香港グループ(抗告人、ビー・エー香港、ヤマイチ、インターナショナル香港、ダイワ・セキュリティーズ香港等々)は、昭和五三年頃より相手方の株式を買い集め、同年一二月末には発行済総数の約一三パーセントに当る四七〇万株を、一年後の昭和五四年一二月末には約二三パーセントに相当する八二〇万株を買い占めるに至った。

(2)  王増祥を始め香港グループは、相手方株式以外でも、かつて花王石鹸、味の素、王子製紙等各社の株を大量に買集めたことがあるが、最終的には、これら取得株を右各社に高値で買取らせるいわゆる「肩替り」に成功している。

(3)  昭和五五年七月頃抗告人は、その保有する相手方株式三五〇万株を一株六三〇円で他に売却し、相手方以外の発行株式に買い替えることをニュージャパン・セキュリティズ・インターナショナル香港や、ダイワ・セキュリティズ香港等に依頼したが、実現を見るに至らなかった。

(4)  更に抗告人は、昭和五五年七月四日頃山一証券香港、同社本社の担当者を通じ、相手方に対し、その対応如何によっては後述の相手方に対する告発、提訴を取下げ、紛争解決のための和解に応じる用意がある旨を告知し、同年八月二〇日頃にも大和証券の担当者を通じ同趣旨のことを、又同月一四日頃には王増祥の年来の友人である作家邸永漢を介し、同人が紛争解決の仲介の労を惜しまない旨を告げたが、相手方の受容れるところとならず、不成功に終った。

(5)  右(3)(4)と時を前後して、抗告人は

(イ) 相手方の大宮工場跡地の利用方法(一部にショッピングセンターを建築し、これをイトーヨーカ堂に賃貸する)が極めて非効率な利用方法であるとして、マンション建設を中心とする総合開発をすべきであるとの反対意見を呈示したが、これが相手方経営陣に受容れられないと見るや、相手方のほぼ全株主に対し、右対案及びその実現のための資金援助の用意がある旨を記した経営意見書を配付し、更に相手方経営陣に対し、商法上の取締役の忠実義務違反を理由として、違法行為差止めの仮処分申請、同本訴を東京地方裁判所に提訴し

(ロ) 又相手方が前記(1)の香港グループによる株の買い占めにより、浮動株が一部上場の基準より二〇〇万株程下回り、東京証券取引所から昭和五四年一二月末に右不足分を回復しなければ二部市場落ちをする旨警告され、その頃その対策として、相手方において大株主に株の一部を放出させて急場をしのごうとする、いわゆる浮動株作りの操作をしたことを捉え、相手方や関与会社の代表者らを証券取引法違反で東京地方検察庁に告発し

(ハ) 本件自己株式の取得により、相手方に損害を与えたとして、相手方代表者に対し商法違反による損害賠償請求の訴を東京地方裁判所に提起する等の強硬手段に訴え、これがマスコミの喧伝するところとなって、抗告人と相手方(経営陣)との紛争は、一層悪化し、泥仕合的様相を呈するに至っている。

右(二)の事実によると、抗告人の右一連の行動及びその一環である本件検査役選任申請の真意は、相手方経営陣を徒らに困惑に陥入らせその保有する株式を有利に相手方に「肩替り」させることにあるとの疑いが極めて濃厚である。尤も、抗告人が直接相手方に対し明示的に「肩替り」を要求した事実は認められないが、これは昭和五三年六月特別報告銘柄制度が施行され、相手方株がその銘柄に指定されていることによるところが多いと解される。現に、前記(二)(3)の株式売却の依頼の際にも、態々当該株式の売却の話を相手方に対しておこなわないよう念押ししていることが記録上認められるが、このことは、抗告人において右制度を意識しての言動とも受取れるのである。又前記(二)(5)(イ)の大宮工場跡地利用の件についても、抗告人の対案は大宮市制定の開発行為に伴う公共施設整備指導基準に牴触する等客観的に実現の可能性に乏しく、又既に相手方の案は株主総会において大多数の株主の承認を得ているものであって、果して抗告人の対案がどこまで真摯なものであるか甚だ疑わしいものであって、これらの点もひっきょう、抗告人の本件検査役選任申請を含む前述一連の行動の意図が「肩替り」にあることを否定し去るものではないといわなければならない。

右事実によると、抗告人の本件検査役の申請は、他の一連の告発、提訴等とともに、その背後に抗告人の相手方に対する「肩替り」の意図を秘めているものと認められる許りでなく、右申請を認めることは既に抗告人と相手方との間に存する泥沼的紛争に更に拍車をかける以外の何ものでもないことが明らかである。

五  一方、本件記録に徴すると、当裁判所も、本件検査役選任の必要性は乏しいと判断するものであり、その理由は、原決定八枚目表七行目の「本件に」から一二枚目裏二行目の「い」までと同一であるから、これを引用する。但し、同一一枚目裏二、三行目の「存在しない」及び一二枚目表四行目の「存在しない」をいずれも「乏しい」と改める。

六  右三の(二)に既述した抗告人の本件検査役選任の申請に至る経緯と四に既述した本件検査役選任の必要性の乏しいことと照し合わせると、抗告人は本件検査役選任の申請を相手方との紛争を有利に導くための一手段として利用しているといわざるを得ず、それは本来会社自体の利益保護のために認められた少数株主権の正当な権利行使の域を超え、権利濫用に該当するものといわなければならず、却下を免れない(なお、因みに本件記録によれば、抗告人の現時点での株式保有数は三四一万六〇〇〇株に減少し、一〇分の一の保有割合を欠くに至っていることが認められ、この点からも本件検査役選任申請の申請適格を喪失していることが明らかである。)。

七  よって、抗告人の本件検査役選任の申請を却下した原決定は結局正当であり、本件抗告は理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 内田恒久 藤浦照生)

〈以下省略〉

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